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Monsieur Papa ムッシュー・パパ

フランス映画 (2011)

ガスパール・メイエル=ショーラン(Gaspard Meier-Chaurand)が重要な役を演じるコメディタッチのドラマ。建設会社を切り盛りする独身のワーカホリック的な中年女性の12歳になる一人息子マリウスは、彼女がノルマンディーの白亜の海岸を訪れた時、偶然出会い、一晩を共にしただけで名前も聞かずに別れた男性の子供。母は、マリウスに、父は探検家だったと嘘をついている。赤ん坊の時から「父なし児」なので慣れているはずだが、幼児から少年になると一目父に会いたくなり、仕事人間で留守がちな母の性格と相まって、生活が乱れ成績も下がってくる。ショッピング・センターでCDをわざと盗み警備員に捕まったことから、母は息子の「更正」に思い切った手段で臨むことにした。失業中の如何にもダメな男を「別れた父親」に仕立てあげ、会わせてがっかりさせ、父親のことを忘れさせようという作戦だ。ベテラン俳優カド・メラッドが、雇われパパと、初監督の両方を務める。IMDbでも、フランス本国でもそれほど高い評価は得ていないが、最大の理由は、母に関係する多様な人物が中途半端に描かれ、底が浅く、かつ、分かりにくいこと。因みに、英語字幕の出来が最悪なので、DVD付属の仏語字幕に頼ることにしたが、早口の部分は大幅に内容がカットされていて、内容の理解を大きく妨げた。

成績下位、素行不良で退学寸前のマリウスが、ショッピング・センターで万引きをする。しかも、わざと捕まるように。これでプツンと切れた母は、マリウスがぐれるようになった原因が「父親の存在を抹殺してきた自分の姿勢」にあることを反省し、父と会わせることにする。しかし、一夜の衝動的な若気の至りから産まれた子だけに、母本人も、父の名前すら知らない。そこで、失業して、自宅アパートでアイロンがけの内職をして生計を立てている冴えない男性に目を付け、「父親役」として雇う。母の思惑では、息子は会ったという事実に満足し、ダメな父親ぶりに失望してすぐ興味を失うはずだった。しかし、マリウスは、すぐに「偽の父親」だと見破るが、母とは違うその優しい人柄に惹かれ、次には、彼が近所の子供達に教えているラグビーに興味を持ち、だんだんと「深み」にはまっていく。そして、遂には、成績アップのお祝いの食事に、母には内緒で、この男性を、自分の「父」として招待するに及ぶ。こうして、複雑化していく3人の関係。映画では、これを『不可能な三角形』と、抽象的に表現している。最終的に、母は、自分の会社が南アフリカで造ることになった道路の現地支配人として「父」を追いやってしまう。そして、息子には「父」についての真実を打ち明ける。現実を受け入れたが寂しげな息子に母が与えたクリスマス・プレゼントは、南アフリカへのバカンス旅行だった。こうして、『不可能な三角形』が現実可能になっていく。

ガスパール・メイエル=ショーランは、撮影時12-13歳だと思われるが、雰囲気としては11-12歳に見える。笑顔がとてもキュートで、映画の中でこれほどよく笑顔を見せる子役も珍しい。つまり、すぐにニコニコ顔になるのだが、それを意地悪く見ると、フランスの映画批評サイト“Le Passeur Critique”のように、“l’enfant qui joue Marius est vraiment niais.(マリウス役の子供は実に愚か)”というひどい評になってしまう。しかし、“Le Figaro”では、「ガスパールは、間違いなく成功の第一歩を踏み出した」、“CinéScrat”では、「特に、映画初出演のガスパールの演技がいい」としている。少年子役サイトの管理者の目からみても、実に魅力ある個性だ。“Le Passeur Critique”こそ、最低で愚かだと断じておきたい。


あらすじ

ショッピング・センター中を、2人の警備員に追われて逃げるマリウス。買い物客にぶつかって袋に入ったものが散らばる中を駆け抜ける(1枚目の写真)。そこでタイトル。次の場面は、マリウスが捕まってエレベーターから出てくるところ(2枚目の写真)。警備員が、手にCDケースらしきもの数枚を持ち、「警報チップすら外してないな。何歳だ? 鳴ると、思わなかったのか? 捕まりたかったのか?」と訊くが、黙秘したまま。一方、母の会社の建設現場。社長のマリー・ヴァロワが顧客に「アスファルトは2層に」と話している時、先の警備員から電話がかかってくる。母マリーは、顧客への説明をナンバー2の一人に任せて、ショッピング・センターに飛んでいく。マリウスは、①初犯、②金額が安い、③母親が大会社の社長、のどれが効いたのかは不明だが、幸い警察には突き出されなかった。途中のガソリン・スタンドで、母は、マリウスに「説明して欲しいわね。学校では、なまけてばかり。退学寸前なのよ。その上、今度は盗み? こんなことしてて、どうなると思うの?」と諌めるが、マリウスは馬耳東風(3枚目の写真)。因みに、母の車はプリウス。フランス映画で、社長の車としてプリウスを見るのは初めてだ。
  
  
  

家に帰ってからも、TVの前でソファに寝転がり、母親が見ても、顔は向けるが(1枚目の写真)、一言も口をきかない。恐らく、その数日後、母の家に数人の親戚が集まり、マリウスの誕生日を祝っている。しかし、画面の最初では「誕生会」という雰囲気は全くなく、会社の幹部が集まっているのかと勘違いしてしまった。しかも、そこに出てくる人物像が片手間に描かれていて、それが映画の最大の欠点とされている。なるほどと思う。何度見直しても、誰が誰だかさっぱり分からない。因みに、3人とは叔父のジャン、フレッド、コリーヌだ。あとの2人、映画での役割は皆無に近い。母を入れた4人が南アフリカでの契約のことを話に出すと、さっそくマリウスが、「パパ、南アフリカだったよね?」と訊く(2枚目の写真)。本当は「父なし子」なのだが、母が、そうは言えないので、父親は世界中を探検して回っていると嘘を付いてきたので、こういう質問が出てしまう。母:「そうよ」。マリウス:「そこって、部族いたよね?」。フレッド:「そう、ブッシュマンだ。舌を鳴らして話す連中さ」。そこに、「誕生日おめでとう」の歌とともに、親戚の子供達によってケーキが運ばれてくる。合図も待たずに勝手にロウソクの火を吹き消してしまうマリウス。女の子に「早く、消し過ぎよ」と言われても、白けた顔をしている(3枚目の写真)。彼は、何事にも反抗的なのだ。
  
  
  

ある夜、母が帰宅してマリウスの部屋を覗くと、ご機嫌でノートパソコンに向かっている(1枚目の写真)。「このフェイスブック、見て。この人 パパかもしれない」。そこには、「親愛なるマリウス。君について知りたい。これが電話番号だ。いつでもかけてきてくれ」と書いてあった。「アマゾンとメキシコにいたんだって。マヤ族の居留地を見つけたとか。今は、ニュージーランドに住んでる。ママの話とぴったり符合するよ」。これを聞いた母は、相手が父親のはずはないので、心配になり、「電話したの? ここの住所は教えた?」と訊く。「真っ先に、ママに話そうと思って」。その言葉にホッとし、「あなたに謝らないとね。この人は探検家なんだけど、あなたのパパじゃないの」。「どうして?」。「それはね、あなたに『パパ捜し』をして欲しくないから」。「どうしてさ?」。「ママが捜してあげる。だから、ネットは絶対ダメ」。「どうするの?」(2枚目の写真)。「信じて。何とかするから」。
  
  

その頃、母の会社が入っているビルでは、ロベールが、元の雇い主のヴィダルを1階の受付カウンターの前で待ち伏せている。顔を見るなり、「時間がない」と逃げるように去って行こうとするヴィダル。ロベール:「ヴィダルさん、手紙が届かないんですが」。ヴィダル:「まだ受け取ってない… ダメですな」。この辺り、全く意味がつかめない。最重要の人間ロベールだが、1つ前のシーンで、受付嬢が母のマリーに、“Il a travaillé ici ... chez M. Vidal(彼は、ヴィダルさんのところで働いてました)”と話している。“...”は聞き取れなかったところ(フランス語のヒタリングはほとんどできないので…)。この部分のDVD附属の字幕は“Il a bossé ici.(ここで勤めてました)”と短い。ネット上の英語字幕に至っては“He used to be a boss here.(ここで、ボスでした)”と、自動翻訳のミスのまま(DVDの責任ではない)。ここはまだいい方で、早口のシーンでは、実際に話していることの1/3しかフランス語字幕に入っていないところもあり、内容を理解する上で最悪の環境だった。クビになる前の仕事も、会計係だったのか、もっと上のクラスだったのか、字幕からは何も分からない。何れにせよ、確かなことは、マリウスとの約束を果たすため、母が奇策に出たこと。いきなりロベールのアパートを訪れたのだ。彼は失業してから自分の住む棟の住民の服にアイロンを掛けて生活費の足しにしている。そこに目を付けた母が、「あなたに仕事があるの」と言って、いきなり仕事中のアイロン台の上にマリウスの写真を置く(1枚目の写真)。「名前はマリウス」。「それで?」。実際に何が話されたのかは不明で、シーンは廊下での会話に飛ぶ。母:「この申し出は、少し…」。ロベール:「異常ですな」。「異常じゃないわ。あの子を好きになってくれとは頼んでない」。「他を当たって下さい」。「他に、心当たりがないの」。「仕事がありますから」〔といっても、アイロン掛けだが〕。「お金、要るでしょ?」。「何でも金で解決できるとでも?」。「息子は、悪くなってるの。でも、これできっと良くなるわ」。「悪くなっているのは あなたでは?」と嫌味を言い、一旦は断るロベール。しかし、アイロンを掛けるだけの人生の無意味さを悟ったのか、翌日、母に電話をかけて申し出を受ける。その背景には、建設会社の社長に「借り」を作っておけば、再就職に役立つという思惑もあった。公園で会う2人。母はロベールに、「生き方を180度変えたと、話してね。何か訊かれたら、アマゾンの部落で暮らしてたと話してやって」「いつも旅行してたらから、マリウスのことは全く知らないことにすればいい」。何れにせよ、パリから出たこともないような平凡な人間には無茶な要求で、これで本当にうまくいくと思ったのだろうか? 母は、最後にケータイでロベールの写真を撮る。その夜、母はマリウスの前で おもむろにケータイを取り出す。「何なの?」。「見せてあげる」(2枚目の写真)。「彼は、冒険家をやってきた。長いことね。でも、大変身したの。生き方も、名前も変えた。名前はロベールよ。ママも、見て 分からなかった」。「僕のこと 話してくれた?」。「もちろんよ、自分が父親になったと知って動転してた。今は とても孤独で、小熊みたいかも」。「ママが、こんな人と一緒だったなんて、おかしいや」(3枚目の写真)。
  
  
  

貧困層の多い地区にあるロベールの安アパートを1人で訪れたマリウス。ドアのベル鳴らすとロベールが現れる。緊張した面持ちのマリウス(1枚目の写真)。「入りなさい(Entrez)」。“Entre”ではないので丁寧語だ。その後も「座りなさい(Asseyez-vous)」。「何か 飲みたいかね?(Vous voulez boire quelque chose?)」と“vous”を使った丁寧表現が続くので、マリウスは、「“vous”なんか使わないでよ」と言う。「ソーセージとフリッツ、食べるか?」。「10時だよ」。「私の時差ぼけだ」。ロベールは、自分とマリウスの生活習慣の違いによる時間感覚のずれを「時差ぼけ」と表現したのだが、文字通りに受け取ったマリウスは「旅行から帰ったの?」と訊く。「いいや、旅行なんかしない。そんな時代は終わったんだ」(2枚目の写真)。ここまでは、母親に言われた通りに役をこなしている。ここで、マリウスが「トイレに行っていい?」と訊く。洗面所に入ったマリウスは、ドア一面に貼られた古いラグビーの写真に目をとめる。そして、ロベールの様子をドアの隙間から伺っていると(3枚目の写真)、アイロン台を持ち出してアイロン掛けを始める。マリウスがいつロベールを偽の父だと気付いたのか、映画では明示されていない。しかし、私は、ラグビーの写真を見た時だと思っている。古い思い出の写真を貼るのなら、そこにアマゾンを初めとする世界各地の写真が1枚もないのはおかしいとピンときたはずだ。
  
  
  

アイロン掛けを続けるロベールに、マリウスが質問する。「探検のこと、話してくれる?」(1枚目の写真)。「一杯 行ったからな」。「一番のお気に入りは?」。「お気に入りか… 一番の? アンナプルナ。聞いたことあるか?」。「うん」。「地獄だった。脱出した」。ここで、話題をさっと変える。「アイロンを掛けていると、持ち主のことが分かってくる」。そして、ロベールは住民の話をし始める。それを静かに聴いているマリウス(2枚目の写真)。最後に、「ブッシュマンに会った?」と訊いてみる。ロベールの対応は、如何にも初耳のような感じ。これで、マリウスの強い疑念は確信に変わったと思われる。帰りのバスの中では、マリウスは、落胆と、これからどうすべきかを考えているような、複雑な表情をしている(3枚目の写真)。
  
  
  

家に帰ると、さっそく母が、「言ったでしょ、すっかり変わっちゃったって。心配しないで。もう会う義務はないんだから」。「で、ママは、また会うの?」。「会わないわよ。今じゃ、共通点ゼロだし、知ってた頃の若者の思い出をそっとしておきたいの。あなたのパパだけど、もう別人ね」。寂しそうなマリウス(1枚目の写真)の様子を見た母は、これで事は早く済みそうだとほくほくする。翌日は絵の教室〔マリウスは、絵を描くのが大好き〕。上の空のマリウスは、時計を見て(2枚目の写真)、教室を黙って抜け出す。向かった先はロベールのアパート。偽者なのに、好きな絵をやめてまで、なぜ会いに行ったのか? 再確認したかったのか、母にはない「優しさ」に惹かれたのか? アパートの前まで行くと、そこに前もいた暇そうな老人に、今は違う場所にいると言われ、教えられた所まで行ってみる。そこでは、ロベールが近所の子供達を集めてラグビーを教えていた。マリウスはロベールに見られないよう、すぐ家に戻る。その夜は、マリウスが「お休み」を言った後、指揮者で恋人のクレベールが訪ねてくる。そうした母の姿を、マリウスが知っていたのかどうかは分からない。しかし、偽者でも、今までいなかった自分だけの「父親」に関心のあるマリウスは、再々度ロベールを訪れ、今度は、ラグビーを教えているところに姿を現し、「僕も、ラグビーやりたい」とはっきり意思表示をする(3枚目の写真)。「やったことあるのか?」。「ううん」。「君のママと相談しないと」。以前の公園に母を呼び出すロベール。「何があったの?」。「マリウスが、練習に参加したいと」。「また、マリウスと会ったの? 何の練習?」。「子供達にラグビーを教えてる。マリウスがどうして知ったか分かりません」。「彼、スポーツは嫌いなの。私が何とかするわ。あなたは黙ってて」。その夜、母は、マリウスに「ラグビーをやりたいの?」と訊く。「そうだよ」(4枚目の写真)。「問題外ね」。「どうして?」。「スポーツなんか、しないでしょ。それに、ママは怒ってるのよ、黙ってロベールに会いに行ったりして」。「僕のパパじゃないか。でしょ?」。事実を知ったマリウスが、自分を騙した母親の慌てるのが面白くてやっているようにも見える
  
  
  
  

何れにせよ、母には、ラグビーを拒否する理由などでっち上げられないので、マリウスはラグビーの練習に参加することを許される。子供達の前で、新入メンバーとして紹介されるマリウス(1枚目の写真)。最後に、自分から「息子だよ」と自己紹介し、ロベールも「そうなんだ、息子だ」と肩を組んでみせる。ラグビーが初めてのマリウスにとっては、大変な1日だったが(2枚目の写真)、結構楽しそうだ。傷だらけで家に帰る。バスルームの前で母が、「大丈夫なの? 歯は? 血は止まった? 何て野蛮なスポーツなの。もう、二度としないわよね?」。するとドアが開いて、「やめてよ、最高にイカすんだから」(3枚目の写真)。事態は、母の思惑とは違う方向に進んでいく。
  
  
  

会社では、母と叔父とが運営方針でもめている。マリウスは、バスでロベールのアパートに向かう。以前より、顔が生き生きとしている(1枚目の写真)。部屋の中ではアイロン台の片隅にノートを置いて、学校の宿題をやっている。ロベールは、成績の良くないマリウスに、「いいか、三角形の内角の和は常に180度だってこと忘れるなよ」。「分かってるよ」(1枚目の写真)。マリウスは、勉強に集中できない。壁に掛けてある標本を指して、「あそこのチョウチョ、自分で捕まえたの?」と訊く。ロベールは、それには直接答えず、「チョウチョと同じくらい、三角形もいろいろあるんだ」。「ホント?」。「絶命危惧種の珍種を見せてやろうか」。そう言ってロベールがノートに描いてやったのは、ペンローズの「不可能な三角形」。いわゆる、不可能図形だ。有名なエッシャーの「不可能な絵」の基本形だ。なぜくどくど述べるかというと、映画の最後に重要なキーワードとしてもう一度使われるから。
  
  

勉強の後は、ラグビー。ひとしきり押し合いの練習をするが(1枚目の写真)、他の子供達が帰った後も、1人残って、ボールの回収を手伝う(2枚目の写真)。「僕たち似てないね」。「そうだな」。マリウスは、ロベールに、「父ではないけど好きだよ」と言いたかったのかも知れない。ロベールは、それに応えるように、押し合いよりもキックの方が好きだと言い、マリウスにキックの仕方を教えてやる。上手くいかないので、「ちゃんとしたシューズが要るな」と言い、練習を切り上げる。練習で傷だらけになった顔を心配した薬屋の女の子が、「パパじゃないと分かってるのに、なぜ行くの?」と訊くと、マリウスは「いい機会だから」と答える(3枚目の写真)。マリウスが、ロベールが偽の父だと知っていることを示す最初のシーンだ。2人の会話から、相当前から気付いていたことが分かる。
  
  
  

マリウスの変身ぶりに困った母は、ロベールを呼び出す。「あなたは、とてもよくやってくれてる。でも、マリウスは好きだった絵をやめて、ラグビーなんかに熱中してる」。「彼のキックは悪くないですよ」。そこで、母はまた変な注文を出す。「あの子に、あなたを嫌いになるよう仕向けないと」。「ご立派」〔もちろん、嫌味〕。「他に何か いい方法があって? むかつく男を演じるなんて、申し訳ないけど」。そこで、ロベールがしたことは、路面電車乗り場で、老人が座りそうになるのを押しのけて座ったこと。もちろん、マルウスが見ている前で(1・2枚目の写真)。また、手に持っていた「メキシコのジョアンナ」と書かれた何かのコマーシャルを見て、人前で、「マリウス、なぜ私が、君のママと別れたか知ってるか?」と大きな声で尋ねたこと。マリウスは嫌な顔はしたが、ロベールがパパでないことは承知しているので、これは母が言わせているに違いないと、的確に判断する。だから、彼を嫌いにはならない。
  
  

そこで、家に帰ると、その話を誇張して話す。母:「ジョアンナって映画スターのために、私と別れたと言ったの?」。「そうさ、メキシコの映画スター」。「『そうさ』なんて、言葉は使わないの」。「でも、パパは言うよ」(1枚目の写真)。母を、おちょくったような顔が面白い。母も、「もう食べてる時間じゃないわ。ベッドに行きなさい」と逆襲。出て行こうとする母に、マリウスは「ママ?」と呼びかける。「何?」。「僕、新しいラグビー・シューズが欲しい」。「ダメ」。それでも、買ってもらえるのだから、結構甘い。ちゃんと新しい靴をはいてロベールの前に現れるマリウス。ロベールも、「君には才能がある」と言って、キックの特訓をさせる(2枚目の写真)。
  
  

夜、母が帰宅すると、マリウスが学校の答案用紙を持って得意げに待っている。そして、「算数で15だったよ」と駆け寄る。後から出てくる言葉からすると、満点は20らしい。75%で喜ぶとは、よほど今までが悪かったのだろう。母:「すごいじゃない。嬉しいわ」(1枚目の写真)。「レストランでお祝いしましょ」。その夜は、お手伝いさんが夕食の用意を済ませていたので、レストランは明日行くことに。そこは、モルキュラー料理の店。モルキュラー料理とは、食材にこだわった分子ガストロノミーを追求した最近流行の調理法だ。『エル・ブリの秘密/世界一予約のとれないレストラン』(2011)に詳しく描かれている。2人は、注文がなかなか決まらない。それは、マリウスが引き伸ばしていたからだ。そうこうしているうちに、ロベールが現れる(2枚目の写真)。驚く母に対し、ロベールは、マリウスに呼ばれたと打ち明ける。注文の前に、マリウスは、母に意地の悪い質問をする。「いつから、2人は一緒にディナーを食べてないの?」。誤解して答える母に、「いつから、愛し合うのをやめたってこと」と畳みかける。そこは、母も負けてはいない。先日のジョアンナを逆手にとって、「彼が、メキシコの女優を好きになった13年前よ」と答える。何を食べるかと訊かれたロベールは、「私は、とっても伝統的だから、仔牛のシチューにしておくよ」と答える。それに対し、マリウスがふざけて、「それとも、タコスとテキーラ」と言ったので、3人とも大笑い(3枚目の写真)〔タコスとテキーラは伝統的なメキシコ料理。ロベールの伝統好きと、メキシコ女性をひっかけた駄洒落〕。
  
  
  

その夜の記念にと、フォト・ブースに行き、4ユーロ払って4枚の写真を撮った3人。一番まともなのが、1枚目の写真。ご機嫌なのはマリウス1人だ。マリウスのアパートの前で、別れるロベール。わざわざ車から降りて、頬にキスして「お休み」と言う。マリウスの手には、さっき撮った写真〔4枚写っている〕が握られている(2枚目の写真)。あまりの行き過ぎに、マリウスがいなくなってから、「助けてよ。こんなこと続けられない」とロベールに頼む母親。翌日、夜になってもロベールとマリウスの特訓は続く。しかし、ロベールは、「もうやめよう。ママが心配してるぞ」と言う。「ママなんか、うんざりだ」。「母親のことを、そんな風に言うもんじゃない」(3枚目の写真)。路面電車乗り場まで歩きながら、ロベールは、さらに、「母親というのは、心配するものだ。そこがいいんだ」と諭すように話す。マリウスにとっては、もう、実の父親以上の存在だ。
  
  
  

電車の駅で待っていると、ロベールのアパートの最上階(?)に住んでいる若い中国人の女性が、「今晩は、ロベール」と声をかけて行く。それを見たマリウスが、2人はできていると思い、「ホーホー」と声をかけ(1枚目の写真)、「未来の奥さん?」と訊く。「高嶺の花だ。25階なんだぞ」。「エレベーターがある」。「乗れないんだ、閉所恐怖症だから」。「階段使って、会いに行けばいいじゃない。アンナプルナ登ったんでしょ」。「外はいいんだが、階段室はちょっとな。10階まで行った時は、手が汗ばんでた」。「酸化マグネシウムがあるよ」。「使い方知ってるのか?」。「いつも使ってるよ。滑らないように」。その時、電車が入って来る。マリウスはロベールに抱きつき、「知り合えて、すごく良かった」と笑顔で言う(2枚目の写真)。「私もだ」。
  
  

父の日、マリウスが母の部屋に入って来て、ロベールに渡すプレゼントを見せる(1枚目の写真)。見た途端に母の顔が曇る。ロベールの部屋のベルを鳴らし、ニコニコしながらドアが開くのを待っているマリウス。ロベールが現れると、「父の日 おめでとう」と言ってプレゼントを差し出す(2枚目の写真)。中は、酸化マグネシウムだ。ロベールが愛する女性に会いに行けるように。この2枚のガスパールは、実に可愛い。母は、マリウスの部屋で1人でイライラ。一方のマリウスは、暗くなるまでロベールにキックの特訓を受けている(3枚目の写真)。そして、ゴールポストのクロスバーの上を超えるようなキックができるようになる。
  
  
  

マリウスと母が、レストランで簡単な食事をとっている。「ソニア叔母さんが、クルーズに連れていきたいって。聞いた?」。「うん」。「行ってもいいのよ」。「任せるよ」。その後にマリウスが言った言葉に母は動顛する。「戻ったら、パパと一緒に暮らすんだ。そうすれば、ママも息抜きできるでしょ」(1枚目の写真)。母にとって衝撃だったのは、後半の部分。恋人クレベールとの関係が息子にバレていると分かり、何とも言いようがなかったのだ。しかし、前半の部分も見過ごせない。そこで、さっそくロベールのアパートを訪れるが、同じフロアの中国人の部屋で結婚披露のパーティがあり、そこに2人とも無理やり連れ込まれる。なりゆきで、ダンスをすることになった2人。「もう、どうしていいか分からない」と嘆く母親を見て笑うロベール。「なぜ笑ってるの?」。「もし、一緒に寝たら、嘘が小さくなりますかな?」(2枚目の写真)。皮肉で言った発言なのだろうが、ロベールらしくない。明くる日、母は学校に呼ばれ、校長と面談する。その時、マリウスが幾何で19をとった(満点は20)と褒められたまでは良かったが、その後の、「彼の父親のお陰です。お会いしました。素晴らしい人ですな。マリウスにもとても良い影響を」の言葉に、顔では笑い、心の中は怒りに震える。そして、ロベールの留守番電話に向かって、「気でも狂ったの? 校長に会いに行くなんて。あなたは父親じゃないのよ。何者でもないの!」とわめき立てる。一方、マリウスは、ロベールにラグビーを習いに行き、いつものアパートの老人連中から、彼が本物のコーチではないと言われ、がっかりする(3枚目の写真)。結局、ロベールは、本物の父親でもなく、本物のコーチでもなかったのだ。しかし、多分、本物の父親やコーチより、マリウスのためになったことは確かであろう。
  
  
  

その後に入る会社の重役会のシーン。社長である母のマリーと叔父のジャンが激しく対立している。叔父は会社の損失を過大に責め、南アフリカでの事業展開は「はぐらかし」で、成功するはずがないと断じる。幸いその時、もう1人のナンバー2のパトリックが、「ケープ・タウンに行くぞ!」と飛び込んできて〔南アでの契約が取れた〕、形勢は一気に母マリーの勝利に終わる。そして、母は、秘書にロベールを現地での代表者として雇うよう命じる。マリウスから12800キロ彼方にロベールを追いやるために。そして、雇用契約を行い、南アフリカでの勤務を申し渡すために、内輪のパーティーに来るようロベールに電話を入れる。パーティ当日、ロベールの姿を見つけて、嬉しそうに寄って行くマリウス(1枚目の写真)。最高にキュートだ。ロベールは1人マリーに呼ばれて部屋に行くと、そこで、「仕事の口があるの」と切り出される。「財務責任者の給与には ほど遠いし、場所は遠く離れた南アフリカなの」。「あなたの最終案は、私を消すことですか… 現実を受け入れないのですね?」。「現実は失望だけだから」。「確かに」。「もうゲームは終わったの。マリウスには事実を話します」。そして、採用通知書をロベールに差し出す(2枚目の写真)。「ありがとう、ロベール。あなたがマリウスにして下さったことすべてに感謝します」と言って。
  
  

ロベールは、母からの採用通知書を受け取ると、すぐに会場を去る。マリウスは、ロベールを捜し廻るうち、叔父のジャンに会う。「誰か捜してるのか?」。「ロベール、見た?」。「ロベール?」。「僕のパパ」。「君のパパ… そうだったな… そうなんだが、ママから聞いた話では… いいか、ママが、何て言ったか知らないが…」と事実を告げ始める。マリウスは、それを制して、「心配ご無用。彼が、パパでないことは知ってるから」(1枚目の写真)。これで、マリウスは公式に、狂言を知っていたと認めたことになる。一方のロベール。アパートに帰って最初にしたことは、あこがれの中国女性に愛を打ち明けに行くこと。マリウスからもらった酸化マグネシウムを何度も手のひらにつけ、階段を必死で昇っていく(2枚目の写真)。しかし、ようやく25階に到着した彼を待っていたのは、北京から到着したばかりの婚約者だった。これで踏ん切りがつき、ロベールは仕事を受け入れ、南アフリカへと旅立つ。
  
  

母は、マリウスを、ノルマンディーの白亜の崖の上に建つ小さな教会の墓地に連れて行く(1枚目の写真)。参考までに、私が撮影したエトルタ(Étretat)の白亜の断崖の写真を2枚目に添付しよう。「あなたに謝らないといけないわね、マリウス。私は、あなたのパパが誰だか知らないの。彼とは、ここで会った。私は、両親の死から、立ち直れていなかった。一日中、お墓の上に泣いてたわ。ある日、彼が そこにいた。彼も、悲しみにくれていた。雨が降り出し、物陰に入った。朝には、彼の姿は消えていた」。「じゃあ、僕、パパには絶対会えないんだ」。「私に言えることは、あなたの目が彼のと同じで、優しいということだけ。彼を捜したけど、無駄だった。でも、あなたが生まれて、とても幸せだったわ」(3枚目の写真)。この時のガスパールの感情表現は見事だ。話し合った後の母子の表情は、迷いを吹っ切れたようにすがすがしい。2人で海辺に立ち、マリウスが差し出した手を母が握る。和解を象徴するシーンだ(4枚目の写真)。
  
  
  
  

事実を知っても、ロベールがいなくなったマリウスは、やはり寂しい。あれから半年が経ち、学校は冬休みに入る。家にいても寂しそうな表情の息子(1枚目の写真)を見て、母は最高のクリスマス・プレゼントを贈る。南アフリカへのバカンス旅行だ(2枚目の写真)。本当に笑顔の似合う少年だと思う。
  
  

南アフリカの建設現場で、ロベールが現地作業員にラグビーを教えている。ロベールが模範演技でボールをキックしようとした時、後ろから走ってきたマリウスが、ボールをキックして見事にクロスバーの上を超える〔ボールが写っている〕(1枚目の写真)。誰がやったと驚くロベールに、振り返って満面の笑顔を見せるマリウス(2枚目の写真)。「マリウス、君なのか?!」。思わず、抱きつくマリウス(3枚目の写真)。2人が、拳を突き上げて喜ぶシーンで映画は一応終わる(4枚目の写真)。その後、2人が海辺を歩くシーンが流れ、それにマリウスの独白が重なる。「『不可能な三角形』についてのロベールの話は正しかった。それは存在するんだ」。この場合の3つの角は、マリウス、母、ロベールを指す。母とロベールは、もちろん結婚などしないが、3人がうまく共存する道が開けたことを意味する。南アフリカでの工事はそんなに年月はかからないので、やがてロベールはパリに戻り、ロベールは「本物よりもいい父」を持つことができるのだ。
  
  
  
  

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